ひと区切り

#artandwar2011 (前のポストの簡易修正版です)。

一昨日で公式なイベントは終了しました。昨日は、≪Survival Projection 2011≫でお世話になった東北の方々に挨拶して参りました。

今回の10日間以上の日程の中で、最も印象に残ったのは、ヴォディチコさんの高貴で偏屈そうだけど気さくで優しそうな笑顔です。

クシシュトフ・ヴォディチコという人は、自分の作品の完成度を高めるためには妥協を許さない厳しい人です。しかし、あのピンと伸ばした姿勢でお辞儀された後にあの笑顔でしっかりと握手を求められたら、ヴォディチコさんを好きにならざるをえないのではないかと思います。

そりゃもうダンディな人でした。

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しばらく、何かお知らせ事項があるまでこのブログの更新はとめます。

いずれ「クシシュトフ・ヴォディチコ アートと戦争」は何らかの形でパブリッシュする予定ですし、何かお知らせ事項があり次第、このブログやウェブサイトやTwitterでお知らせします。あるいは室井先生のブログでお知らせがあるはずです。どうぞみなさま、RSSリーダーなどに登録して、このイベントの今後もチェックしておいてください

(中川)

仙台プロジェクション

#artandwar2011 

三日間のシンポジウムが終わり、11日は、仙台で簡単なシンポジウムと《Survival Projetion 2011のプロジェクションが行われました。これで「K.ヴォディチコ アートと戦争」も最後です。今回は、プロジェクション・チーム以外のスタッフは関わらず、せんだいメディアテークの1Fをお借りして、トークショーとプロジェクションを行いました。しかしその他のスタッフも大半は仙台まで行きました(そのうちほとんどはとんぼ返りしました)。

トークショーを行ったのは、ヴォディチコさん、エヴァさん、室井先生、吉岡先生、木幡先生の五人です。今回のプロジェクトに関して皆さんから簡単なお話がありました。

ヴォディチコさんは、今回の作品では、被災者の方々ともっと時間をかけて交流し、信頼関係を深めたかったと語り、しかし、被災者の方々がご自分の経験を語ってくれたこと、その勇気には本当に感謝する、と語られました。

また吉岡先生は、横浜で行われた三日間連続のシンポジウムはどのようなものだったのかを簡単に紹介なさりました。あまり他では考えられないような濃密なシンポジウムだったけれどたくさんのひとが参加してくれた、その理由は、戦争を廃絶するため人間はなにが出来るだろうか、というヴォディチコのストレートな問いかけにたくさんの人が関心を示したからではないだろうか、と話されました。また、このように本音をぶつけ合うシンポジウムは今まで経験したことがない、とても面白かったし意義深かった、また、本音で専門家が議論を行うということが大切だったのだ、と語られました。

その後、せんだいメディアテーク1Fの巨大な室内で《Survival Projection 2011》のプロジェクションが行われました。プロジェクションチームは午前中にせんだいメディアテークに入り準備を進めていたので、初めての屋内プロジェクションでしたがスムーズに始めることができました。トークショーから参加していた方だけではなく、たまたま通りかかった方も、たくさんの方が足を止めてこのテキスト・プロジェクション作品に見入られていました。

あまり時間が取れませんでしたので、テキスト・プロジェクションはちょうど三回ループして終了しました。一周12分55秒なので、38分45秒ということになります。やはり三回だと短いな、というのが正直な感想でした。また今回は、横浜でのプロジェクションとは違って始まりと終わりが明確に決まっていましたし、屋内で行われたものでしたので、プロジェクションそのものは「サンプル」に過ぎないようにも感じられました。しかしそれでも、通りすがりの方も含めると100名以上の方にはプロジェクションをご覧いただきましたし、このテキスト・プロジェクション作品が、テキストとインタビューした声を通して、このプロジェクション作品を見るものに「声」を染み込ませて最後には余韻を残す作品であることは御理解いただけたのではないでしょうか。

Survival Projection 2011》は東北の被災者の方の声を使わせていただいたものです。「K.ヴォディチコ アートと戦争」という、国際シンポジウムとパブリック・プロジェクションの複合イベントに関わったスタッフのひとりとして、このイベントの最後にこの作品を仙台でもプロジェクトできたことで、何か一区切りつけることができたようにも思います。

(小林)

シンポジウム3日目:分科会1

#artandwar2011 

この分科会では、昨晩行われた二回目の《Survival Projection 2011》に応答するかたちで、3.11の震災と原子力発電の問題を中心に、哲学的な側面から議論が行われました。まず、「私たち人間は放射能をほとんど感知できない」という大澤先生の指摘から、「目に見えないもの」をめぐるパネリストたちの意見が述べられました。鎌田先生の空気神社(山形県)の事例報告には、途中から議論に加わったヴォディチコさんとフライさんも興味を抱かれたようでした。

確かに、この分科会で行われた議論は現在の原発問題の直接的な解決には結びつかない内容だったかもしれません。またそれは芸術活動の多くにも当てはまることかもしれません。とはいえ、「目に見えないもの」をどのようにとらえるのかという問題は、ヴォディチコさんの作品や芸術活動に留まらず、私たちが日常生活のなかで出会う問題を解決するためにも必要な問なのではないでしょうか。パネリストの方々のお話を聞きながらそう考えていました。

(楠本)

このポストは、京都からこの分科会に参加してくれた京都大学大学院の楠本さんにお願いして書いてもらいました。

シンポジウム2日目:分科会3

#artandwar2011 

津内口です。私は、越前俊也先生がコーディネーターとして組織した「ヴォディチコと“ヒロシマ”-心の武装解除のために」にスタッフとして参加しました。

この分科会では、ヴォディチコさんと彼の作品を中心に議論が行われました。コーディネーターの越前先生は《ディスアーマー》(1999)を紹介され、加須屋先生はポーランド美術史をヴォディチコの背景として解説され、猪股先生は臨床心理学者として不登校の学生を扱った症例を元に《ディスアーマー》について語られていました。

他のパネリストの方たちもそれぞれの視点からヴォディチコさんにアプローチしていて、この分科会は、ヴォディチコさんの作品に対する多面的な分析を行う分科会として、持ち時間をオーバーして昼休みに入ってもなお暑い議論が繰り広げられていました。

(津内口)

シンポジウム2日目:分科会1

#artandwar2011 

中川は、室井先生がコーディネーターとして組織した「戦争の最終的廃絶―凱旋門の彼方へ」にスタッフとして参加しました。この分科会は、ヴォディチコの「凱旋門:戦争廃絶のための世界協会」(本会議資料パンフレットに訳出してあります)というテクストに応答すべく組織された分科会で、「戦争」を最終的に廃絶するための可能性や方法論についていくつかの方向から理論的に考察する分科会です。50代の理論家たち(室井尚、吉岡洋、鎌田東二、大澤真幸)と30代の建築家たち(藤原徹平、坂口恭平、長坂常)で構成されています。

個人的には、この世代間対話のようなものと、理論家と実務家(建築家あるいはアーティスト)との間の対話がどのようになされるか、というところに関心がありました。しかし2日目に聞いたなかで一番面白かった議論は、確かに50代の理論家たちに30代の建築家(藤原徹平)が低減した言葉がきっかけではありましたが、その内容は、世代間対話とか理論家と実務家との対立といったものとは関係のないものでした。

藤原さんのプレゼンの趣旨は明快でした。それは単純化すると、凱旋門や靖国神社のようなモニュメントをモニュメントで覆っても、それは新たなるモニュメントになるだけではないか、ということだったと思います。

この明快な指摘に応答して、やはりモニュメントはあと数十年間はなんとなく曖昧なままに機能することこそが重要なのだ云々といった意見も生じ、議論が活発化していったように思います。

建築家の論理としてはだからこそ靖国神社を覆い隠すモニュメントのドローイングを作成することさえ避けたいわけですが、個人的にはやはりそれでも、靖国神社版の「戦争廃絶のための世界協会」を見たいものだと思いました。今日はどのような議論に進んでいくのか、あまり予想がつかないので、楽しみにしています。

(中川)

プロジェクション二回目終了

#artandwar2011 

一回目とは打って変わって、見に来てくださった方の大半にゆっくりとテキスト・プロジェクションを見ていただいたようで、とても良い雰囲気だったように思いました。人数はわかりませんが、けっこう盛況で、しかもほとんどの人が、ゆっくりとそこに立ち止まり、あるいは座り込んで、テキスト・プロジェクション作品を味わっていたようです。

中川は、《Survival Projetion 2011》の二回目のプロジェクションでは、前回得た感動をもっと明確に言語化したいと思っていましたが、スタッフとしてちょっとポカをやらかしてしまったので、それは明日(11日)の仙台に持ち越しさせてください。

ポカというのは「テキスト・プロジェクション投影用のパソコンと電源ケーブルとの接続が外れていることに気づかないままパソコンを使用していたので、バッテリーがゼロになって作品を終了せざるをえなくなったこと」です。ですので、テキスト・プロジェクションが一時間ほど続いた後、突然画面にMacのバッテリー切れの表示が出て作品を終了せざるを得なくなってしまいました。来てくださった皆様には大変申し訳ないことをしてしまいました。申し訳ありませんでした。

とはいえ同時に、このテキスト・プロジェクションはこの程度のポカで全てを壊されてしまうような脆弱な作品でない、ということも言わせておいてください。

ポカをやらかしてしまった以上、誠心誠意謝罪したうえで幸い次の機会があるのですから、次回はきっちりと決めてやりたいと思っております。とはいえ、横浜でのプロジェクションは今回で終了なので横浜ではリカバーできません。あの海風がこの上なく心地よい新港ピアでのプロジェクションはもうできないと思うと非常に残念ではありますし、横浜の皆様には大変申し訳ないことをしてしまったという気持ちでいっぱいですが、仙台できっちり決めて参りますので、どうぞよろしくご寛恕お願いいたします。

謝罪したところ、クシシュトフは厳しくかつ優しいひとでしたが、詳細は省略いたします。

クシシュトフによれば「Second time has some troubles.」とのことです。

(中川)

シンポジウム2日目:分科会2

田中です。

椿昇さんが代表の分科会2「アートと社会参加―日常性と壊乱の戦略」にスタッフとして参加しました。

 午前中は参加パネリストの自己紹介を兼ねた各自の活動報告。これだけで午前の部が終わるほど、それぞれの活発な活動状況の片鱗がうかがえました。

午前の部で特に印象に残ったのは遠藤水城さんです。扱っていた内容は衝撃的で、第二次大戦下での沖縄兵の頭蓋骨を扱った作品を紹介してくれました。

午後の部では人数も増え、参加者たちも巻き込んで、アートと社会の関係について議論しました。

特に話題になったのは、岡本太郎の絵に原発の絵を付け加えたChim↑Pomの騒動です。学生からの質問をきっかけに議論が始まり、会田誠さんをはじめ大方の人は好意的ないしは中立的でした。しかしここで口火を切ったのがやなぎみわさんです。Chim↑Pomの過去の作品《広島の空をピカッとさせる》(2008)をとりあげ、この作品は、倫理的に劣る、とうてい美術とは言えない作品であると述べました。最後に会を締めくくるにあたり、椿昇さんも、彼らのようなアーティストが日本にいま必要なのは確かだが、彼らのようなアーティストが必要ないまの日本の状況は不愉快である、とまとめていました。

人間の倫理や社会とアートはどのような関係を取り結ぶのか、ということが、明日の分科会では議論されそうです。

(田中)

シンポジウム1日目

#artandwar2011 

シンポジウム1日目が終了しました。

ヴォディチコさんの基調講演は、スライドを一枚も使わない本格的に理論的な講演でした。彼らしいやり方だと思いました。実際に目で見て触ることができる「オブジェ」を作ることだけが彼にとって重要な活動ではありません。もちろんそのような作品―「問いかけとしてのデザイン」というメタファーで語られる作品群があります。北仲スクールで行われている展示をご覧ください―も作りますし、理論的な言説の組み立てや政治的な活動―例えば「戦争廃絶のための世界協会」などのテキストのことです―にたずさわろうとするのが、ヴォディチコさんです。

とはいえ、ヴォディチコさんも最初は、スライドを使って自分の作品紹介を行おうと思っていたそうです。しかし前日、室井先生に、そんなスライドを使った作品紹介でお茶を濁すのじゃなくてもっと本格的に自分の考えるところを主張すべきだろう、と挑発され、基調講演のスタイルを変えたそうです。数日近くにいて分かったことですが、ヴォディチコさんは、そんなふうに挑発されると、どんなに疲れていてもそちらに動いてしまう人のようです。また、自作の完成度を高めるためならば疲れた顔つきも消えて体が先に動いてしまう人なのです。気力あふれる人だと言えるでしょう。

その後、室井尚先生(ヴォディチコさんを挑発しておいて、自分はスライドを使っていました。これはこれでまた室井先生らしい気もしました。)、ダグラス・フライ教授、奥本京子先生、エヴァ・ハラバシュさん(ヴォディチコさんのパートナー)が基調講演をなさいました。各々の内容をまとめることは控えます。あまり理解出来ていないものもありますし、ここからUst中継もしましたので。個人的には「平和学」というものの概要を知れたことは収穫でしたし、それよりも、けっこうバラバラな人が集まって議論を行うのだから、明日から面白くなりそうだなあ、と思いました。

明日から分科会に分かれた討論がはじまります(中川はスタッフとして分科会1に張り付いていなければいけないので他の分科会を見ることが出来ず残念です)。午後には全体会議を行う予定となっております。その際は、またここからUst中継もしますので、みなさま、どうぞご覧ください(分科会は中継しません)。

また明日の20:00からは、再び、新港ピアでパブリック・プロジェクションを行います。こちらもどうぞお越しください。

(中川)

追記:同時通訳について

中川は同時通訳を介さずに聞いていたのですが、同時通訳受信機器を使っているので、間に通訳の方がいないのに、英語話者と日本語話者との間でそれぞれの言語しか話していないのに会話が成立しているように見えました。同時通訳受信機を介して、ヴォディチコさんたちには英語が、会場のみなさんの受信機からは日本語が聞こえていたわけです。

同時通訳というのは不思議なものだと思いました。木幡和枝先生のチームのおかげです。ありがとうございます。

明日のシンポジウムでも、ヴォディチコさんやダグラス・フライさんたちとの会話には、同時通訳がつきます。受付で同時通訳用受信機をお貸ししておりますので、どうぞ遠慮無くご使用ください。

シンポジウム前日

#artandwar2011 

本日は、シンポジウムに参加されるダグラス・フライ先生と吉岡洋先生、そして同時通訳をしていただく木幡和枝先生がお越しになり、会場をチェックし、明日の進めていました。ヴォディチコさんも北仲スクールで、明日の講演準備をしておられました。

我々ワークショップメンバーは、シンポジウム会場のセッティングを行いました。YCCは、基調講演と分科会の両方のために使われるので、どちらにも対応できるように壁や机などの配置に気を配りました。ヴォディチコさんの要望に応えて遮光も完璧に行いました。

シンポジウムの準備は整いました。明日からのシンポジウム3日間をご期待ください!

また、9日の午後8時より、新港ピアで、もう一度《Survival Projection 2011》のプロジェクションを行います。みなさま、ぜひお越しください、そしてゆっくりと時間をかけて味わってください。

(小林)

K.ヴォディチコ アートと戦争:シンポジウム準備中

#artandwar2011

本日(6日)は、北仲スクールで行うシンポジウム分科会会場設営を行いました。

北仲スクール2階と3階を掃除し、机と椅子を配置し、分科会で使う機器の説明を受けました。その後、案内板や受付用の書類やランチマップやネームプレートなども作成しました。

明日はYCCで行う分科会の会場設営を行います。

シンポジウムのための準備も着実に進んでいます。

みなさま、どうぞよろしくお願いします。

(神尾)